無題
オリジナルの声劇台本(一人用)です。
文字数は2000文字(鍵括弧・空白含む ※Evernote基準)で、所要時間は5~10分です。
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--人は、人生の中で多くの選択をしています。
例えば、今日、私は車でここまで来ましたが……あ、失礼。もしもし? ……うん、どうしたの? ……事故? え、何が? ……いや? 僕は大丈夫だけど? ほら、車で来たから…………うん、じゃあまた。
……どうやら、私は正しい選択が出来ていたようです。もし電車に乗ってここまで来ていたらと考えると……恐ろしい。
しかし。
もしその選択が、自分がしたのものではなかった場合、どうでしょうか?
何者かによって敷かれたレールの上を、ただ歩いているだけだったとしたら? 今はそれに気付いていないだけで……何かの拍子に、それに気付いてしまったとしたら?
…………? 何だろう? 冊子……台本? 誰のかな?
--ここに居る人物をご覧下さい。
彼は、舞台に立つ役者として日々を過ごしています。そしてある日、彼は一冊の台本を手にします。
「……何だ? これ。台本?」
それは、いつの間にか彼のバッグに入っていました。
開いてみると、それはやはり何かの台本のようです。主演はどうやら彼らしいのですが……奇妙なことに、その台本には彼を初め、彼の家族や友人などが役として登場していました。
「……何だよ、これ」
その台本の内容とは、彼の日常でした。どんな電話をするだとか、誰と遊びに行くだとか。
「こんなもの、誰が? ……でも、凄いな。このセリフなんて、本当にアイツが言ってるみたいだ」
あるページには、彼が来週に控えている舞台のことも書いてありました。
そこには、見事に役を演じ切り大勢の観客から称賛されている彼の姿が。
「へえ……『やあ、今日の舞台は素晴らしかった。感動したよ』……こんなこと、言って貰えたらな。『本当ですか? 嬉しいです!』だって。…………気持ち悪い」
彼は、その台本をゴミ箱に捨ててしまいました。
--しばらくして。
その日は舞台当日、本番です。
結果は大成功。彼は見事に役を演じ切り、大勢の観客から称賛を浴びました。
その観客の内の一人が、彼にこんなことを言います。
「やあ、今日の舞台は素晴らしかった。感動したよ」
「本当ですか? 有難うございます! ……?」
そのときです、あるものが彼の頭を過りました。
「あれ? これって……もしかして、本当に?」
そう。数日前にいつの間にかバッグに紛れ込んでいたあの台本……そこに書かれていたのは、彼の未来だったのです。
彼は急いで家に帰り、ゴミ箱から例の台本を取り出しました。
「これがあれば、僕は--」
それからというもの、彼は常に台本を持ち歩くようになりました。
それもその筈、そこには輝かしい未来ばかりが書かれていたのですから。当然、その通りに行動していれば彼の未来も輝かしいものになります。
彼はその台本を完全に信用し、書いてあることに忠実に生きていくことを決めたのです。
--全てが、その台本通りに進んでいく。
しかし、ある日。いつものように、台本に目を通していたときのことです。
その日は稽古で、普段ならば車で向かうところなのですが--。
「……は? 何だよこれ……交通事故!? 怪我!? おいおい、冗談だろ……」
そこには、彼の運転する車が交通事故を起こし、意識不明の重体になっている彼の未来が。
「……いや、待てよ? もし、車に乗らなければどうだ? だって、車で行く必要なんてどこにもない! よな!? 会場に着いたら、そこからまた台本通りにすれば良い。僕は事故なんて起こさないし、怪我だってしない! ……良かった。……ああ! 良かった! お前のお陰だよ、助かった!」
しかし、駅に着いた彼は違和感を覚えます。
やたらと人とぶつかるのです。しかも、相手はぶつかった自分を気にも留めずに前に進んでいく。まるで、彼のことは見えていないとでもいうかのように。見えていないならまだしも……存在すら、していないかのように。
……違和感は疑惑へ、疑惑は次第に確信へと変わっていく。そして、ついには恐怖へと変わる。誰にも認識されていないことの恐怖に。
「……何でだよ? おい! 何で無視するんだよ! 僕はここに居るじゃないか! なあ、何でだよ! どうして誰も答えてくれないんだよ!? ちょっとくらい違くたって良いだろ!? 少しじゃないか! 事故なんて嫌だったんだよ!!!」
そのとき。
「違うことするなよ」
「えっ」
……あーあ。
……駄目なんですよ。
ここは舞台、台本を与えられている役者はそれに従わなければならない。それが出来ないのなら、ここには居られない。
それが出来なかった彼は、強制的に、舞台から降ろされてしまいました。
……さて、と。先程見付けたこの台本ですが、一体誰のでしょうか?
…………これ、もしかして貴方のではありませんか?
駄目ですよ? 大切な台本なんですから、落としちゃ。うっかり間違えてしまっては、大変でしょう?
〈FIN〉
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